沿革

昭和20年代。創業者・海野林作の歩みの始まりは、桐材を使った下駄でした。
当時、桐材はその成長の早さや、軽さ、湿気に強い性質から、日本の風土に適した木材として広く人々に愛されてきました。その昔、農家では女の子が生まれると庭に二本の桐の苗木を植え、成人してお嫁入りするときにその桐を伐採し、嫁入り道具の桐箪笥や長持を作る風習がありました。
当時の着物文化と共に、「木」の下駄は日本人の素足によくなじみ、軟らかく、小石を踏んでも衝撃をやわらげる優れた履物でした。また、物々交換の時代において、米よりも価値のある暮らしの品でした。玉と数えられた材料の、削りだした木片で焚いたお風呂は、なぜか石炭で焚いた風呂に比べて何ともお湯が柔らかく、優しい温まりを与えてくれるものでした。暮らしと事業を通して自然豊かな環境で育った者として、神秘的なまでの尊さを感じさせる「木」の存在に魅せられていました。
その後、洋服への変遷と合理化への時代の流れによって下駄は嗜好品となりましたが、「世の為、人様の為に…」という思想の中で育った海野は、より大きな事業を通じての社会貢献を考え、木へのこだわりと知り得た知識のもと、いち早く木材商への事業展開を行いました。
そしてその先に「木材の最終商品ともいえる住宅を」という想いと、お客様に喜ばれる「木」のかたちとしての「住まいづくり」に、創業者・海野林作自身の信念が存在していました。
一足の下駄から―。ウンノハウスのはじまりは、わたくし達日本人にこのうえない恩恵と安らぎをもたらす「木」の住まいづくりに、今もなおこだわり続けています。
ウンノハウスブランドヒストリー
住宅事業の発端
山形県村山地域、西置賜地方にあって一見して最高峰の頂を示す白鷹山(しらたかやま)。このふもとに位置する自然豊かな白鷹町で、創業者海野は桐材商から材木商へと事業の端を発し、時を経て材木店として山形市下条町へ本拠地を移したのは昭和34年のこと〈株式会社海野材木店〉。しかし、本当に自社の製品は喜ばれているのか、世のため人のために役立つ存在になっているのか、そんな自問自答とさらに大きな夢に向けて、木材を納めているだけではお客様の声を聞くことはできないと、木材の最終商品ともいえる「住宅」そのものを手掛け始めるに至ります。そして、県内はもとより全国的にも珍しい土地付分譲住宅をいち早く世に創出し、「住宅事業」の可能性を見出し始めました。 当時の住宅市場土地付分譲住宅のアイデアは、当時の業界では奇抜と受け止められましたが、昭和37年に完成した最初の3戸は好評のうちにたちまち完売致しました。宅地ともに真新しい住まいが、お客様のニーズとしてしっかりと受けとめられたのです。とくに土地ブームが吹き荒れた昭和40年代半ばには、土地の値上がりだけでもご購入されたお客様にとっては大きな利益を生み、宅地供給という事業は大変ご好評を得る時代でした。そしてオイルショックによる狂乱物価に明け暮れた40年代後半には事業基盤の拡大を図り、原木から住まいまで、一貫した事業を担う『ウンノハウス』が誕生したのです。 |
これからは住宅品質でお客様に利益を
『ウンノハウス』が考える事業において、すべてのお客様へ満足いく住まいを提供したいという想いとは裏腹に、悩みも抱えていた時代がありました。加工の殆どが手作業による生産工程という時代、大工職人の腕により住宅の良し悪しが左右され、出来栄え、品質にバラツキが生じ、ご満足や喜びに大きく差が生じていたことでした。お叱りもありました。そこから住宅部材そのものを、より安定した高品質な部材へと標準化を図るため、昭和49年には当時としては巨額な投資のなかで「部材プレカット工場」を山形県天童市に新設。「これからは住まいの安全性や居住性、住宅品質でお客様へ利益をお届けする」という強い信念のなかで、「質の時代へ」の呼応にいち早く、そして誰の為でもなく「お客様のために」という経営理念が、それらを実現したひとつの出来事でした。 |
国境を越えた技術の探求リーティングカンパニーとしてのはじまり
日本国内でも工業化住宅いわゆるプレハブ住宅が台頭してきた頃、昭和43年には社長の海野自らがアメリカへ2×4(ツーバイフォー)工法を視察。木の住まいとしてはまだ在来工法しかなかったその頃、木造住宅の新たな可能性をそこに見出し、同工法の国内導入に向けた新たな技術の探究がスタートしたのでした。新しい工法の国内導入とその実現は複雑かつ困難な作業で、関係省庁との手続きや協会の設立など、『ウンノハウス』として海野自身が建設実現までの先導的役割を果たしました。常に時代の先端を見据え、住まいづくりの技術を追求する姿勢が、国内の規制や基準に変化をもたらした、日本の住宅業界全体においても歴史的出来事でした。 |
[エポック]軸組壁工法の誕生
地域ビルダーとしてはいち早く商品開発室を設け、技術の研究と開発に取り組んで参りました。当時において自ら国内導入を果たした2×4(ツーバイフォー)工法の利点に着目し、自社プレカット工場という独自性を最大限に活かすという発想の中に、壁で家を支えるツーバイフォー工法と、柱が住まいを構築する日本の在来工法を融合させた「軸組壁工法(じくぐみかべこうほう)」が完成し、四季の気候風土をもつ地震国日本に最も適した木造住宅工法が独自の技術で誕生したのです。 国家プロジェクト優秀賞に入選時を同じくして、国家プロジェクトとして「量から質の時代へ」を具体的に示す「いえづくり85プロジェクト」が時の建設省による住宅業界の大きな事業としてスタート。当時、単一企業としての応募は殆どありませんでしたが、研究部門を持つ『ウンノハウス』は、開発成果である「軸組壁工法」をアピール。全国から多数の応募のなかで、『ウンノハウス』のエポック軸組壁工法は優秀賞として選ばれる快挙を成し遂げました。何より安全・安心を一番に考える飽くなき追求とこだわりが、独自の高い技術力として既に当初より認められたのです。 |
お客様満足を見える形で品質保証ISOの認証取得
『ウンノハウス』では「お客様満足度地域ナンバーワンを目指します」を経営方針に掲げ、ひたすらお客様の喜びある住まいのために全社員一丸となって進めてきました。そのような中でお客様から頂戴している一通のアンケートのお言葉をきっかけにISO認証への取り組みをスタートさせます。以来、営業・設計・施工・アフター、施工協力業者全ての人員において、お客様満足の実現に向けて、組織として、また一人一人何をすべきかを検証し、具体的な改善を重ね、平成15年には全店でISO9001:2000の認証を得ることができました。今なお、継続的改善のなかで、社員全員で日々の情報を共有し知恵を出し合い、また施工協力業者も一体となって、お客様に喜ばれる安心して頂ける住まいづくりに努力を傾けています。 |
住宅づくりは「ひとづくり」
住宅業界のリーディングカンパニーとして駆け抜けた責任の大きさは、次代へつなぐ宝物です。進化しつづける業界の技術や環境への対応はもちろん、変わらぬ使命とお客様満足の実現に向けてやはり重要なのは人間教育に他なりません。「お客様に喜ばれ、信頼され、家づくりを通じ地域社会に奉仕します」という経営理念のもと、全社員・全協力業者において研修・教育訓練を実施し、お客様の住まいづくりに、企業として、人としてこころを磨いております。 |
■会社沿革
昭和34年 (1959年) |
2月 | 山形市下条町に(株)海野材木店を設立、資本金300万円
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|---|---|---|
昭和38年 (1963年) |
4月 | 山形市下条町に木材市場を開設 |
| 8月 | 天童市天童原に製材の合理化工場を新設 | |
昭和39年 (1964年) |
10月 | 土地付分譲住宅の建設・販売に着手 |
昭和43年 (1968年) |
10月 | 木材市場を山形市大野目に移転 |
| 12月 | 天童工場の製材製品にJAS認定工場の指定を受ける | |
昭和44年 (1969年) |
4月 | (株)海野材木店を(株)ウンノハウスに商号変更 |
昭和45年 (1970年) |
4月 | 仙台市春日町に仙台支店を開設 |
| 11月 | 山形駅前に山形支店「住まいの相談所」を開設 | |
昭和47年 (1972年) |
11月 | 塩釜市玉川町に塩釜営業所を開設 |
昭和48年 (1973年) |
2月 | 福島市五老内町に福島営業所を開設 |
| 9月 | 米沢市門東町に米沢営業所を開設 | |
| 10月 | 姉妹会社ウンノハウス工業?を吸収合併 | |
昭和49年 (1974年) |
4月 | 本社を山形市本町に移転 宇都宮市に宇都宮営業所を開設 |
| 11月 | 天童工場に住宅部材プレカット工場を新設
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昭和50年 (1975年) |
2月 | 盛岡市に盛岡営業所を開設 |
| 6月 | 山形市大野目に資材センターを新設、山形市下条町より木材課、建築課、倉庫移転 | |
| 11月 | 天童工場の集成材製品にJAS認定工場の指定を受ける | |
昭和51年 (1976年) |
9月 | 長井市に長井営業所を開設 |
| 10月 | 資本金を25,000万円に増資 | |
昭和54年 (1979年) |
5月 | 天童市老野森に天童営業所を開設 |
| 10月 | 賃貸マンション「サンコーポ双葉」完成
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昭和56年 (1981年) |
10月 | 米沢営業所、長井営業所を統合し県南営業所に |
| 11月 | 特定建設業の大臣登録を受ける | |
昭和57年 (1982年) |
3月 | 独自開発工法「エポック」第1号の完成
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| 4月 | 分譲住宅センターを開設 | |
| 7月 | 東京都中央区に東京支店を開設 | |
| 10月 | 郡山市春日に郡山営業所を開設 | |
昭和58年 (1983年) |
2月 | 軸組壁工法「エポック」を発表 |
昭和59年 (1984年) |
4月 | 建設省「いえづくり'85」プロジェクト提案競技に優秀賞で入選 |
昭和60年 (1985年) |
7月 | 天童プレカット工場が農林水産大臣認定の「AQ木質建材認証工場」に認定 |
昭和62年 (1987年) |
5月 | 本社を山形市大野目に新築移転、山形支店、天童営業所、分譲センターを統合 |
| 9月 | 山形県主催「ウッドフェスティバル」を本社敷地内で開催 | |
平成 5年 (1993年) |
1月 | 「住宅性能保証制度」登録業者に認定 |
| 4月 | 木造住宅合理化システム」に当社の住宅供給システム「TC−III」が認定 | |
平成7年 (1995年) |
3月 | 住宅性能保証協会理事長より全国表彰を受ける |
平成 8年 (1996年) |
4月 | スーパーシェルシステム工法の販売導入 |
平成10年 (1998年) |
4月 | 「エポック-EX」工法を開発、木造住宅合理化システム認定を受ける |
平成11年 (1999年) |
1月 | 「エポック-EX」工法を発表 |
平成12年 (2000年) |
2月 | 「次世代省エネルギー基準適合住宅評定」を取得
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平成13年 (2001年) |
9月 | 営業部・建設部・総務部がISO9001を認証取得 |
平成14年 (2002年) |
1月 | 「住宅型式性能認定」を(財)建築環境・省エネルギー機構より認定 |
平成15年 (2003年) |
7月 | 「ISO9001:2000」を全店で認証取得 |
平成16年 (2004年) |
12月 | 免震システム工法住宅を発表 |
平成19年 (2007年) |
2月 | 「第二回 サスティナブル住宅賞」を(財)建築環境・省エネルギー機構より受賞 |
平成21年 (2009年) |
6月 | 「ISO9001:2008・ISO14001」を全店、天童工場で認証取得 |
平成23年 (2011年) |
5月 | 自社プレカット工場(山形県天童市)に、面材加工機、羽柄材加工機、軸ポーリング加工機などの国内では初の加工機を含むプレカット自動機を導入し、工場生産による部材プレカット率を飛躍的に高め、現場加工の省力化と、一層の高品質化・均一化を実現しました。 |




